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緑の草原の中を木道がのび、奥にくじゅうの山々が連なる

タデ原湿原 九重の長者原に広がる中間湿原と野焼きの草原・飯田高原

大分県九重町のタデ原湿原は、国内最大級とされる中間湿原で、2005年にラムサール条約の湿地に登録されました。野焼きで保たれてきた湿原と草原、長者原の地名の由来、飯田高原の開拓の歩みを紹介します。

タデ原湿原は、大分県九重町の長者原(ちょうじゃばる)に広がる湿原です。タデ原は「たでわら」と読みます。湿原はくじゅう連山の北のふもとにあり、なかを通る木道から、季節ごとに移り変わる草花を間近に見られます。まわりには飯田高原(はんだこうげん)の草原が続き、湿原も草原も、野焼きによって保たれてきました。

タデ原湿原は国内最大級の中間湿原

湿原の広さは38ヘクタールで、中間湿原としては国内最大級とされます。中間湿原とは、湧き水や川の水で潤う湿原と、雨水で育つミズゴケの湿原の、あいだの性質をもつ湿原をいいます。タデ原は、中間湿原の代表例ともされます。

湿原は、くじゅうの火山の山すその、湧き水の出る土地にできました。一帯は扇状地で、山から流れ出た土砂が、扇の形に積もった土地にあたります。湿原は、阿蘇くじゅう国立公園に含まれます。

青々とした草の茂る湿原の中を、まっすぐな木道がのびる
タデ原湿原の木道

湿原には、ミズゴケなど、貴重な湿原の植物がまとまって生えています。希少な植物のほかにも、多くの生きものがここをすみかにしています。湿原を通る木道は、一部がバリアフリーにも対応しています。

くじゅう地域には、火山の風景のほかに、高原の草原や湿原が点在します。2005年、タデ原は、そのうちの坊ガツル湿原とともに、ラムサール条約の登録湿地になりました。ラムサール条約は、大切な湿地と、そこにすむ生きものを守るための国際的な条約です。大分県の湿地がこの条約に登録されたのは、このときが初めてでした。

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野焼きが保つ湿原と草原

タデ原の湿原は、野焼きによって保たれてきました。野焼きは、枯れ草に火を入れて焼き払う作業です。

阿蘇くじゅう国立公園の草原には、ヒゴタイやキスミレ、エヒメアヤメが残ります。どれも、絶滅が心配されている植物です。こうした植物が多く残ったのは、草原が林にならずに保たれてきたからです。林になるのを抑えてきたのは、長く続いた放牧や野焼き、草刈りです。草原でいちばん多く生えている草は、ススキです。ススキの多いこの草原が、希少な植物の育つ大切な場所になっています。

飯田高原では、毎年決まった時期に野焼きがおこなわれてきました。高原の野焼きは「野焼きによる感動の景観づくり」として、平成29年度に、国土交通省の手づくり郷土賞を受けました。

九重の長者原の地名と湿原の入口

名は朝日長者の伝説から

長者原は、飯田高原の中心にあたる地区の名前です。名は、地元に伝わる朝日長者の伝説にちなむといわれます。1925年(大正14年)に付いた名で、当時は「長者ヶ原(ちょうじゃがばる)」と呼ばれていました。のちに「長者原(ちょうじゃばる)」となりました。

一面の緑の草原の先に、くじゅうの山々が連なる
長者原の草原

長者原を通る県道11号(やまなみハイウェイ)の直線道路からは、湿原と、山すそに広がる草原を見渡せます。長者原は登山口でもあり、山のことはくじゅう連山の記事にまとめました。

長者原ビジターセンター

長者原ビジターセンターは、阿蘇くじゅう国立公園のくじゅう地域を紹介する、環境省の博物展示施設です。湿原はセンターのすぐ裏手に広がり、センターを起点に遊歩道が整えられています。

名犬平治の銅像

湿原の入口には、名犬平治(へいじ)の銅像が立っています。平治号の名は、くじゅう連山の平治岳からとられました。秋田犬のめすで、1988年に引退するまでの14年間、山の案内役を務めました。心優しいガイド犬として、多くの人に親しまれました。

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飯田高原の季節の色と開拓

飯田高原は、くじゅうの火山の北のふもと一帯を、まとめて呼ぶ名前です。高原の主な部分は、旧飯田村の飯田地区にあたります。高原は九重町の南部に広がる、ゆるやかな斜面で、玖珠川の水源でもあります。季節で色を変え、春から夏は緑に、秋はススキで黄金色に、冬は雪で白く染まります。

ススキの穂が一面に広がる草原の奥に、くじゅうの山なみがかすむ
秋の飯田高原

高原を訪れる人が大きく増えたのは、1964年(昭和39年)10月にやまなみハイウェイが開通してからです。道が通ったことで、玖珠キャベツの出荷も盛んになりました。

高原の東部の千町無田は、明治時代に開拓が始まった土地です。筑後川の氾濫で家と田畑を失った農民を救うため、青木牛之助が開拓を導きました。同じ明治時代には、大分牧場が1891年(明治24年)に開かれ、1903年(明治36年)に解散しました。それより前の江戸時代、高原は村の人たちが共同で使う入会原野でした。

寒の地獄など、高原のまわりの温泉の歩みは、筋湯温泉の記事で取り上げました。

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出かける前に

湿原の成り立ちと野焼き、九重の長者原の地名とビジターセンター、飯田高原の歩みを取り上げました。この記事は2026年10月に書きました。木道や遊歩道のようすは変わることがあるので、出かける前に、長者原ビジターセンターの案内で確かめてください。

よくある質問

タデ原湿原はどんな湿原ですか。
大分県九重町の長者原にある、広さ38ヘクタールの中間湿原です。中間湿原としては国内最大級とされ、くじゅうの火山の山すその、水の湧き出す扇状地にできました。
タデ原湿原がラムサール条約に登録されたのはいつですか。
2005年です。同じくじゅう地域の坊ガツル湿原とともに登録され、大分県で初めてのラムサール条約の湿地になりました。
タデ原湿原と野焼きはどう関係していますか。
湿原は、野焼きによって保たれてきました。まわりの草原も、放牧や野焼き、草刈りが続いたことで、林になるのを抑えられてきました。
長者原の読み方と名前の由来を教えてください。
「ちょうじゃばる」と読みます。1925年(大正14年)に付いた名前で、当時は「長者ヶ原(ちょうじゃがばる)」でした。名は、地元に伝わる朝日長者の伝説にちなむといわれます。

出典

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