
2026年10月17日
由布岳 豊後富士と野焼きの草原 狭霧台・蛇越展望台・塚原高原
「豊後富士」と呼ばれる由布市の由布岳について、風土記に名が残る信仰と、野焼きの草原が見せる季節の色を紹介します。朝霧の盆地を見下ろす狭霧台と蛇越展望台、北のふもとの塚原高原もまとめました。
由布院盆地の北東には、二つの頂を並べた由布岳がそびえています。盆地のあちこちから山の姿が見え、湯布院の町の目印になっています。盆地を見下ろす高台には、狭霧台(さぎりだい)と、蛇越展望台とも呼ばれる蛇越展望所があります。秋から冬にかけての朝には、そこから霧に包まれた盆地が見られることがあります。山の北側には、なだらかな丘の続く塚原高原(つかはらこうげん)が広がります。
豊後富士と呼ばれる由布岳
山の標高は1,583mです。頂は東峰と西峰の二つに分かれ、高いのは西峰のほうです。二つの頂をもつ美しく荘厳な姿から、この山は「豊後富士」と呼ばれています。豊後は、大分県のあたりにあった昔の国の名です。
この山は活火山に数えられ、阿蘇くじゅう国立公園の区域にも含まれます。記録の残る時代に入ってからは噴火しておらず、最後の噴火は約2,200年前と推定されています。「塚原岩屑(がんせつ)なだれ」は、この噴火で山の北西部が崩れ、土砂が北のふもとへ流れ下ったものです。火山の活動が始まったのは約9万年前で、鶴見岳とほぼ同じころです。
別府湾からも、鶴見岳のうしろにこの山の姿が見えます。山頂からは、由布院盆地と別府湾、くじゅう連山が見渡せます。天気のよい日には、大分県と福岡県の境にある英彦山や、長崎県の雲仙岳まで見えます。
ブロッケン現象が見られる山は数少ないとされ、豊後富士はその一つに数えられます。太陽を背にしたとき、前の雲や霧に自分の影が大きく映り、影のまわりに色のついた光の輪がかかる現象です。
山の名が全国に広まったのは、2005年のNHK連続テレビ小説「風のハルカ」に、たびたび登場してからです。この山は、日本二百名山の一つで、新日本百名山(登山家の岩崎元郎が選んだ山)にも入っています。
風土記に名が残る信仰の山
山は古くから、信仰の対象としてあがめられてきました。山岳仏教の信仰も集め、かつては中腹に佛山寺の伽藍(寺の建物)がありました。
『豊後国風土記』(豊後の国のことを記した古い書物)には、この山が「柚冨峯」の名で登場します。この名は、近くにあった土地の名「柚冨郷」からとったものとされます。頂上の石室にはいつも氷が張り、夏を過ぎても溶けない、とも記されています。
野焼きの草原と四季の色
山すそが丈の低い草に覆われているのは、毎年の野焼き(枯れ草に火を入れて焼くこと)のためです。野焼きは春の初めにおこなわれ、焼けたあとの山すそは一面が黒くなります。
春から夏にかけては、若草色の山が青空の下で際立ちます。秋はススキがすそ野を埋め、山の木々が紅葉の季節を迎えます。冬になると枯れ草が金色に染まり、霧氷(霧が凍って木の枝などにつくもの)が見られることもあります。山頂の近くにはツツジの仲間のミヤマキリシマが多く、山すその草原には、ヒゴダイやマツムシソウの花も多く見られます。
朝霧の盆地を見下ろす二つの展望所
狭霧台と蛇越展望所は、どちらも県道11号(やまなみハイウェイ)沿いの高台にあります。二つの高台から見下ろす朝霧は、山あいの町を覆う白い湖にたとえられます。盆地の朝霧がどこから立つのかは、金鱗湖と湯の坪街道の記事で取り上げています。
狭霧台
狭霧台は、由布市湯布院町川上にある展望台です。豊後富士のふもとにあり、台のまわりを山の景色が囲みます。台の標高は約680mで、湯布院の町は約450mです。台からは、盆地と町並みをひと目で見渡せます。
台の名の「狭霧」は、霧を指すことばです。その名のとおり、秋から冬、とくに冬の早朝には、霧が盆地を包むことがあります。朝焼けや夕日、初日の出を見る場所としても知られます。
蛇越展望所
蛇越展望所は、由布市湯布院町川西の蛇越峠にある展望所で、蛇越展望台とも呼ばれます。狭霧台と並ぶ朝霧の名所とされ、秋から冬の朝には、霧に沈む盆地が見られることがあります。豊後富士と由布院盆地を、一度に見渡せる場所でもあります。
峠の名は、大蛇にまつわる伝説から付けられました。大蛇は娘に姿を変えて、僧の立石坊の妻になっていました。立石坊が住んでいたのは、峠の南にある立石の池の近くです。正体を知られた大蛇は、もとのすみかへ帰るため、この峠を越えたと伝わります。
北のふもとに広がる塚原高原
塚原高原は、由布市湯布院町塚原にある標高約600mの高原で、なだらかな丘が見渡すかぎり続きます。豊後富士の北側にあたり、鶴見岳に連なる伽藍岳の西のふもとで、別府市との境に近い場所です。
塚原は大分県の畜産発祥の地とされ、高原には古くから牧場が開かれてきました。集落の始まりは、4世紀にさかのぼるといわれます。2011年には、塚原が「日本で最も美しい村」連合(全国の地域が加わる団体)に加わりました。
高原でも野焼きがおこなわれ、黒く焼けた丘から、わらびやぜんまいが芽を出します。冬になると、丘は雪で白く覆われます。
出かける前に
豊後富士の姿と信仰、野焼きの草原の色に続いて、朝霧を見下ろす狭霧台と蛇越展望所、北のふもとの塚原高原を取り上げました。この記事は2026年10月に書きました。野焼きの時期や展望所のようすは変わることがあるので、出かける前に由布市の観光の案内で確かめてください。
よくある質問
- 由布岳はどんな山ですか。
- 由布院盆地の北東にそびえる、標高1,583mの活火山です。頂は東峰と西峰の二つに分かれ、その美しく荘厳な姿から「豊後富士」と呼ばれています。
- 由布岳の紅葉や季節の色はどう変わりますか。
- 春から夏は若草色の山と青空、秋はすそ野を覆うススキと木々の紅葉、冬は金色に染まる枯れ草と霧氷が見られることがあります。春の初めには野焼きで、山すそが一面黒くなります。
- 狭霧台と蛇越展望台で朝霧が見られるのはいつですか。
- 秋から冬にかけての朝に、霧に包まれた由布院盆地が見られることがあります。狭霧台では、とくに冬の早朝に霧が盆地を包むことがあります。
- 蛇越展望台の名前の由来は何ですか。
- 蛇越展望所(蛇越展望台)のある蛇越峠の名は、大蛇の伝説から付けられました。大蛇は娘に姿を変えて、僧の立石坊の妻になっていました。正体を知られた大蛇は、もとのすみかへ帰るため、この峠を越えたと伝わります。




