
2026年10月17日
金鱗湖と湯の坪街道 由布院の湖面に朝霧が立つわけと名の由来
大分県由布市の金鱗湖で、秋から冬の朝に湖面から霧が立つわけと、魚の鱗から付いた名の由来を紹介します。湖へ続く湯の坪街道、ほとりの下ん湯と天祖神社が、どんな場所かもまとめました。
大分県由布市の金鱗湖(きんりんこ)は、由布院温泉にある周囲約400mの小さな湖です。秋から冬の冷え込む朝早くには、湖面から湯気のような霧が立ちのぼることがあります。湖へは、土産物の店が並ぶ湯の坪街道(ゆのつぼかいどう)が続きます。ほとりには、茅葺き屋根の共同浴場の下ん湯(したんゆ)や、湖の中に鳥居の立つ天祖神社があります。
金鱗湖の霧は秋から冬の朝
湖に朝霧がかかる眺めは、由布院温泉を代表する景色です。湖面の霧は、由布院盆地(山に囲まれた平地)に広がる朝霧の源ともいわれます。盆地全体の朝霧は、冬の、よく晴れて冷え込んだ朝に多く見られます。湖の霧のほうが、見られる日は多いとされます。寒い日には、朝だけでなく夜にも、湖面に霧がかかることがあります。湖面から上がる霧は、湯けむりのようにも見えます。
霧が立つのは、湖の水が一年を通して温かいためです。冷え込んだ朝の空気と、温かい湖の水との温度差が、湖面に霧を立たせます。湖に流れ込む5つの川のうちには、約30度の温泉の水を運ぶ川があります。湖の底からも、温泉と清水が湧いています。温泉と清水を集めたこの湖は、大分川の源流のひとつです。水の温かい湖には、フナやコイ、ハヤのほか、外来魚のティラピアやグッピーもすんでいます。
魚の鱗に由来する名と湖の言い伝え
湖の名の「金鱗」は、泳ぐ魚の鱗(うろこ)が、夕日を受けて金色に光る姿にちなみます。名付けたのは、儒学者の毛利空桑(もうりくうそう)で、1884年(明治17年)のことと伝わります。それより前は、由布岳のふもとにあることから「岳ん下ん池」と呼ばれていました。大分のなまりで、岳の下にある池のことです。
由布岳は、2つの頂をもつ標高1,583mの山で、「豊後富士」と呼ばれます。山の信仰や、盆地を見下ろす展望所のことは、由布岳と展望所の記事にまとめました。
この湖は、由布院盆地がまだ大きな湖だったころの、名残だと伝わります。むかしの大きな湖には龍がすんでいて、水が流れ出たあとも、龍のすみかとして残されたのがこの湖だといいます。流れ出た水がいまの大分川で、山の一角を蹴破って水を流したのは、神の宇奈岐日女(うなぐひめ)の家来の大男とされます。
面積0.8ヘクタール、水深約2mのいまの湖は、何度かの地震で山が崩れ、埋まったあとの姿ともいわれます。もとは、いまの数倍の広さがあったといいます。
湖のほとりの下ん湯と天祖神社
下ん湯
下ん湯は、湖のほとりにある共同浴場です。脱衣所と湯船からなる簡素な造りで、屋根は茅葺きです。湖と下ん湯は、合わせて1件として、2004年(平成16年)に日本温泉地域学会の「日本温泉地域資産」に選ばれました。
天祖神社
湖の南東には、水の中に鳥居が立ち、霧の朝には湯けむりの中に見えます。この鳥居は、ほとりにある天祖神社のものです。明治期の廃仏毀釈(神社と寺を分けるなかで起きた、寺や仏像を壊す動き)で、湯布院町の佛山寺から移されたと伝わります。
天祖神社は、湖を背にして建つ神社です。境内のスギは、由布市の文化財一覧に、天然記念物として載っています。社の両脇には、由布岳から湧いた水が流れています。まつられているのは、中央の天祖神(てんそじん)と、向かって右の八坂神社、左の金比羅神社です。
湖へ続く湯の坪街道
由布院駅から温泉街の方へは、「由布見通り」と呼ばれる通りが延びています。湯の坪街道は、その先から湖へ向かって約800m続く、由布院の目抜き通りです。土産物の店には、柚子ごしょう(柚子と唐辛子の調味料)など、大分の特産品が並びます。とり天(鶏肉の天ぷら)など土地の料理の店や、菓子や雑貨の店もあります。通りのまわりには、美術館もいくつかあります。
由布院は、歓楽街を持たない温泉地として、町づくりを進めてきました。通りのまわりでも、店が入れ替わるなかで町並みを守ろうと、2008年(平成20年)に景観計画と景観協定がつくられました。
通りを1本外れた大分川の上流沿いには、田畑が広がります。季節ごとの景色が見られる、のどかな田園で、天気のよい日には由布岳も見えます。
出かける前に
湖面に霧が立つわけ、湖の名の由来と言い伝え、ほとりの下ん湯と天祖神社、湖へ続く街道を取り上げました。この記事は2026年10月に書きました。共同浴場や店のようすは変わることがあるので、出かける前に由布市の観光の案内で確かめてください。
よくある質問
- 金鱗湖の朝霧はいつ見られますか。
- 秋から冬にかけての、冷え込む朝早くです。由布院盆地全体の朝霧にくらべて、湖面の霧は見られる日が多いとされます。
- 金鱗湖の湖面から霧が立つのはなぜですか。
- 湖の底から温泉と清水が湧き、約30度の温泉の水を運ぶ川も流れ込むため、水が一年を通して温かいからです。その水と、冷え込んだ朝の空気との温度差で、湖面に霧が立ちます。
- 金鱗湖の名前の由来は何ですか。
- 泳ぐ魚の鱗が、夕日を受けて金色に光る姿にちなみます。1884年(明治17年)に儒学者の毛利空桑が名付けたと伝わり、それまでは「岳ん下ん池」と呼ばれていました。
- 金鱗湖の中に立つ鳥居は何ですか。
- ほとりにある天祖神社の鳥居です。明治期の廃仏毀釈で、佛山寺から移されたと伝わります。




