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鉄輪の家並みのあちこちから、白い湯けむりが立ちのぼる

鉄輪温泉 別府で湯けむりの立つ町並みと蒸し湯・展望台をたどる

別府市の鉄輪温泉について、町に湯けむりが上がるしくみと、一遍上人が湯治場を開いた伝承を紹介します。石畳のいでゆ坂、地獄蒸し工房鉄輪、鉄輪むし湯、湯けむり展望台が、それぞれどんな場所かもまとめました。

大分県別府市の鉄輪温泉(かんなわおんせん)は、町のあちこちから、白い湯けむりが立ちのぼる温泉地です。路地や側溝、川のほか、大きなタンクから伸びるパイプの先からも、湯けむりが上がります。狭い道の両側には共同浴場や旅館、土産物の店が並び、昔ながらの湯治場のかたちが残っています。鉄輪の町は、別府の市街と明礬(みょうばん)温泉のあいだに位置します。

鉄輪温泉の湯けむりが立つわけ

町に立つ湯けむりは、排気管から空高く放たれた温泉の蒸気です。集落へ配管で送る湯から、気液分離装置という機械で蒸気を分けています。汲み上げたままの湯は高温で、蒸気と一体になっていて、そのままでは使えません。湯けむりが白く立ちのぼるのは、熱い蒸気が、比較的低温で湿気の多い別府の空気にふれるためです。

瓦屋根や建物の間から、何本もの白い湯けむりが立ちのぼる鉄輪の町。右手に色づいたイチョウ、奥に海と山が見える
鉄輪の家並みから上がる湯けむり

気液分離装置が広まった昭和30年代から、湯けむりは、別府のあちこちで高く上がるようになりました。鉄輪は、湧出量と泉源の数がともに、別府でいちばん多い温泉地とされます。「21世紀に残したい日本の風景」では、別府の市街地から湯けむりが立つ風景が、富士山に次ぐ2位に選ばれました。この企画は、NHKが2001年(平成13年)に募ったものです。

湯けむりの立つ景色は、国の重要文化的景観に選ばれています。選定は2012年(平成24年)9月19日で、名前は「別府の湯けむり・温泉地景観」です。範囲は、鉄輪と明礬、北中(きたじゅう)の、それぞれ一部です。評価されたのは、温泉を暮らしと生業(なりわい)の両方に使ってきた土地のあり方です。景観を形づくる重要な構成要素には、共同浴場や旅館、湯の花をつくる小屋が定められています。別府石の石垣と石畳、蒸し料理に使う地獄釜なども、その中に入ります。

一遍上人と湯治場の始まり

別府でいう「地獄」は、熱い湯や蒸気が地面から噴き出す場所のことです。鉄輪の地獄地帯は古く、『豊後国風土記』に「玖倍理(くべり)湯の井」の名で記されているとされます。鉄輪は別府地獄めぐりの中心にあり、海地獄やかまど地獄などが、この周りに集まっています。地獄ごとの色や成り立ちは、別府地獄めぐりの記事にまとめました。

鉄輪の湯治場は、鎌倉時代の僧・一遍上人が、地獄の荒れる蒸気を鎮めて開いたと伝わります。念仏を広めて歩く旅の途中、1276年(建治2年)のことといわれます。一遍が開いたとされるむし湯のあたりが、鉄輪の中心地です。

一遍上人の像を、渋の湯などで洗い清める法要があります。渋の湯は、一遍がむし湯とともに開いたといわれる湯です。この湯あみ法要は上人に感謝するもので、例年9月の鉄輪湯あみ祭りに、温泉山永福寺でおこなわれます。

石畳のいでゆ坂

いでゆ坂は、鉄輪の町なかにある石畳の坂道です。坂沿いには、地獄蒸し工房鉄輪があります。

いでゆ坂を含む鉄輪の道は、2005年度から2009年度(平成17〜21年度)にかけて、石畳に整えられました。ねらいは、地区のメインストリートであるこの坂などを、昔の情緒とにぎわいのある温泉街の道に戻すことでした。市が敷いたのは自然石の御影石で、石畳の道の長さは、地区全体で約2.7kmになります。

「いでゆ坂」と刻まれた石の道標と赤い郵便ポスト。足もとに石畳の道が広がる
いでゆ坂の道標と石畳

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温泉の蒸気を使う2つの施設

地獄蒸し工房鉄輪

地獄蒸し工房鉄輪は、いでゆ坂沿いにある地獄蒸しの施設です。地獄蒸しは、温泉の噴気で食材を蒸す調理法で、ここでは摂氏98度の噴気を使って体験できます。建物は2010年(平成22年)3月に開いた木造2階建てです。施設には展示コーナーのほか、温泉を冷ます装置のモニュメントもあります。

1845年(弘化2年)の『鶴見七湯廼記(つるみしちとうのき)』には、地獄釜で作る蒸し料理の記録があります。江戸時代の文献には、芋を蒸したり湯を沸かしたりする様子も描かれています。「地獄蒸し」の呼び名は、旅館などが客をもてなす鯛蒸しや茶碗蒸しに、古くから付けていたものです。

隣のいでゆ坂ポケットパークは、市民どうしや、市民と観光客がふれあう場を目指して設けられました。足湯のほか、温泉の蒸気で足を温める足蒸しがあります。足蒸しは、蒸気の具合によって使えないときがあります。

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鉄輪むし湯

鉄輪むし湯(かんなわむしゆ)は、鉄輪の温泉街にある市営の蒸し湯です。1276年(建治2年)に一遍上人が開いたといわれ、受付の前には上人の木像が置かれています。

詩人の野口雨情は、「豊後鉄輪、むし湯の帰り、肌に石菖の香が残る」と詠みました。石菖(せきしょう)は、清流沿いにしか群生しない草です。むし湯では、温泉の噴気で下から温めた石室の床にこれを敷きつめ、その上に横になります。石室は約8畳で、1メートル四方の木戸から中へ入ります。

男女別の石室の定員は、それぞれ4人です。石室が男女別になり、建物の入口に足蒸しが設けられたのは、2006年(平成18年)8月に建物が新しくなったときです。建物の向かいには、一遍が開いたとされる、むかしの蒸し湯の跡が残ります。

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湯けむり展望台から見る鉄輪

湯けむり展望台は、別府市の鉄輪東という地区の住宅地にある展望台で、2004年(平成16年)4月に開きました。湯けむりが立ちのぼる町並みと、その先の鶴見岳や扇山、由布岳などの山まで見わたせます。

展望台からの夜景は、2010年(平成22年)8月に「日本夜景遺産」に認定されました。住宅地の中にあるため、市は近くに住む人の迷惑にならないよう、訪れる人に配慮を求めています。

日が暮れたあとの鉄輪の町。明かりのついた建物のあいだから湯けむりが立ち、奥に山並みが連なる
湯けむり展望台から見た、夜の鉄輪

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出かける前に

湯けむりが立つわけと一遍上人の伝承のあと、いでゆ坂、地獄蒸し工房鉄輪と鉄輪むし湯、湯けむり展望台を取り上げました。この記事は2026年10月に書きました。営業時間や足蒸しの利用は変わることがあるので、出かける前に別府市や各施設の案内で確かめてください。

よくある質問

鉄輪温泉の湯けむりはなぜ立つのですか。
汲み上げた高温の温泉を気液分離装置で湯と蒸気に分け、蒸気を排気管から空高く放っているためです。熱い蒸気が、比較的低温で湿気の多い別府の空気にふれて、白い湯けむりになります。
鉄輪温泉は重要文化的景観に選ばれていますか。
鉄輪の一部が、国の重要文化的景観「別府の湯けむり・温泉地景観」の範囲に入っています。選定は2012年(平成24年)9月19日で、範囲には明礬と北中の一部も含まれます。
鉄輪むし湯はどんなところですか。
1276年(建治2年)に一遍上人が開いたといわれる、市営の蒸し湯です。約8畳の石室の床に石菖という草を敷きつめ、その上に横になります。
湯けむり展望台からは何が見えますか。
湯けむりが立ちのぼる鉄輪の町並みと、鶴見岳や扇山、由布岳などの山です。夜景は2010年(平成22年)8月に「日本夜景遺産」に認定されました。

出典

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