
2026年10月18日
岳切渓谷と院内の石橋群 一枚岩の川床と大飛の滝・鳥居橋・余の滝
大分県宇佐市院内町の岳切渓谷では、一枚岩の川床を浅い水が流れ、渓谷の下流の端に大飛の滝がかかります。石工の松田新之助が架けた鳥居橋など谷ごとの石橋と、末広の滝とも呼ばれる余の滝もたどります。
大分県宇佐市の院内町は、深い谷のあちこちに集落が点在する町です。定別当にある岳切渓谷(たっきりけいこく)は、川底が一枚岩になった渓谷です。谷を流れる川には、石造りのアーチ橋が数多く架かります。同じ院内町の上余にある余の滝(あまりのたき)では、岩に当たって分かれた水が、下へ広がりながら落ちていきます。
一枚岩の川床が続く岳切渓谷
渓谷の川底は、ひと続きの大きな岩盤でできています。その一枚岩の上を、足首ほどの深さ(10〜20cm)の澄んだ水が、約2kmにわたって流れます。岩盤の岩は、火山の活動でできたものです。
渓谷があるのは、温見川の上流です。渓谷の下流の端には、落差27mの大飛の滝がかかります。浅い流れの川床と、27mの高さから落ちる滝が、ひとつの渓谷にそろっています。
秋には木々が赤や黄色に色づき、春には草木が芽吹きます。渓谷のそばで湧く水は、大分県の名水を選んだ「豊の国名水15選」のひとつに数えられています。
院内の石橋群と石工の松田新之助
院内の石橋群は、院内町の谷に点在する石橋をまとめた呼び名です。大きさも形もさまざまで、多くは石を弓なりに積んだアーチ橋(めがね橋)ですが、アーチを持たない桁橋もあります。架けられたのは、江戸時代の末から1945年(昭和20年)ごろまでの、およそ100年のあいだです。大分県は全国でもっとも石橋の多い地域とされ、院内町は「日本一の石橋のまち」と呼ばれてきました。
石橋がこれほど多いわけは、いくつか挙げられています。院内には石を加工する技術を持った石工が大勢いて、橋に向く石材も豊富に採れました。川は流れが急で、頑丈な橋が求められました。深い谷川沿いに点在する集落にとって、橋はなくてはならないものでした。
「石橋王」と呼ばれた松田新之助
院内町を代表する鳥居橋も、御沓橋も、石工の松田新之助が手がけた橋です。新之助は「石橋王」と呼ばれた名棟梁(めいとうりょう・腕の立つ職人の親方)です。1897年(明治30年)に帰郷してから、院内の谷に数多くの石橋を架けていきました。アーチ橋を設計する技術は、その前に関西で学んだものです。
恵良川に架かる鳥居橋と御沓橋
鳥居橋は、1916年(大正5年)に新之助が恵良川に架けた、5連のアーチ橋です。「石橋の貴婦人」の呼び名は、空へ細く長く伸びる橋脚の姿から付きました。五つのアーチは、どれも完全な半円を描きます。橋の名は、架かる地区の小字(こあざ・集落の中の小さな区画の名)、鳥居原から来ています。1992年(平成4年)に、県指定有形文化財になりました。
御沓橋は、1925年(大正14年)に同じ恵良川に架けられた、3連のアーチ橋です。長さは59mあり、院内町の石橋でいちばん長いとされます。1998年(平成10年)に、こちらも県指定有形文化財になりました。
文化財の指定や登録は、橋ごとに受けています。鳥居橋と御沓橋のほかに、荒瀬橋などが宇佐市の指定文化財になりました。中島橋などは、国の登録有形文化財です。1991年の県の広報誌は、石橋の造りの美しさと、まわりの渓谷が溶け合う姿が、芸術品ともいわれたと伝えています。
末広の滝とも呼ばれる余の滝
余の滝は、院内町上余を流れる余川にかかる、落差48mの滝です。余川は、鳥居橋や御沓橋の架かる恵良川に注ぐ支流です。滝の近くには、日本の棚田100選に選ばれた両合棚田もあります。
「末広の滝」の別名は、下へ行くほど広がって落ちる水の姿にちなみます。水はまっすぐには落ちず、途中の岩に当たって、幾筋にも分かれていきます。
古い地誌(土地のようすを書き記した書物)に、滝のさまを詠んだ歌が残ります。「白布(しらぬの)を三段四段(みきだよきだ)にたちきりて巌(いわほ)の上(うへ)にたれさらすらむ」という歌です。白い布を三段にも四段にも裁ち切って、岩の上に垂らしてさらしているのだろうか、と詠んでいます。
出かける前に
一枚岩の川床と大飛の滝、松田新之助が架けた鳥居橋と御沓橋、末広がりに落ちる余の滝をたどりました。この記事は2026年10月に書きました。水の深さや渓谷・滝のようすは変わることがあるので、出かける前に宇佐市の観光の案内で確かめてください。
よくある質問
- 岳切渓谷はどんな渓谷ですか。
- 大分県宇佐市院内町定別当にある渓谷で、約2kmにわたって一枚岩の上を浅い水が流れます。渓谷の下流の端には、落差27mの大飛の滝がかかります。
- 院内町には、なぜ石橋が多いのですか。
- 石を加工する腕を持った石工が大勢いて、橋に向く石材も豊富に採れました。川は流れが急で頑丈な橋が要り、深い谷川沿いに点在する集落には、橋が欠かせませんでした。
- 鳥居橋が「石橋の貴婦人」と呼ばれるのはなぜですか。
- 空へ伸びる細く長い橋脚の姿から付いた呼び名です。石工の松田新之助が1916年(大正5年)に架けた5連のアーチ橋で、県指定有形文化財です。
- 余の滝が「末広の滝」とも呼ばれるのはなぜですか。
- 水が途中の岩に当たって幾筋にも分かれ、下へ行くほど広がって落ちるためです。落差は48mです。




